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ファスティングは本当に筋肉に悪いのか?

ファスティングは、体を軽くしたいときや気持ちをリセットしたいときに、多くの人が試してみたくなる方法です。
食べない時間をつくることで、代謝が整ったり、細胞が生まれ変わるようなイメージが広まり、徐々に人気も高まっています。

しかしその一方で、「本当に筋肉は落ちないの?」「長く断食して大丈夫?」と不安を感じる人も少なくありません。
特に、普段から運動をしている人や体づくりに取り組んでいる人ほど、メリットよりも“失いたくないもの”の方が気になってしまいます。
断食が体に良さそうだという話は聞くけれど、筋肉は守れるのか──ここが多くの人にとって最大の疑問ですよね。

実際、断食が長く続くと、体内ではエネルギーの使い方が切り替わり、脂肪だけでなく筋肉にも小さくない変化が起こります。
さらに、注目されている「オートファジー」は良い面だけが語られがちですが、その裏側では見過ごせない現象も進んでいます。

そこで本記事では、72時間(3日間)のファスティング中に筋肉で何が起きるのかを、科学研究にもとづいて分かりやすく解説します。
断食の“光”と“影”──その両方を丁寧に見ていきましょう。

2時間断食で体内では何が起きていたのか(血液・ホルモン変化)

断食が始まって数時間が過ぎると、体はまず「血糖をどれだけ残せるか」を最優先に動き始めます。食事からの糖が入ってこなくなるため、血糖値はゆっくり低下し、それに合わせてインスリンも大きく下がっていきます。インスリンは、通常であれば筋肉に栄養を送り込み、タンパク質の合成を促す重要なホルモンです。しかしこの値が落ちると、筋肉を“積極的に守る”働きが弱まり、体は徐々に「節約モード」へと移行していきます。

同時に、エネルギー源の切り替えも起こります。体内の糖が減り始めると、次に使われるのが脂肪です。脂肪が分解されると、血中の遊離脂肪酸が増え、それが筋肉や肝臓でエネルギーとして使われるようになります。この変化は、ファスティングの“良い効果”としてよく語られる部分で、体が無駄のない動きを取り戻していく過程とも言えます。

しかしその裏側では、あまり語られないもう一つの変化が進んでいます。それが 筋肉からアミノ酸が少しずつ流れ出していく現象です。筋肉は体の中で最大のタンパク質の倉庫であり、食事が途絶えると体はそのストックを少しずつ取り崩して、生命維持に必要な材料として利用します。これは決して急激な“筋肉破壊”というほどではありませんが、長時間の断食では確実に進む生理的な反応です。

今回紹介する研究でも、断食後のホルモン変化(インスリン↓、脂肪酸↑、グルカゴン↑)や、血液のアミノ酸動態から、体が明らかに「エネルギーの切り替え段階」に入り、筋肉が静かにエネルギー源として扱われ始めている様子が確認されていました。特に72時間という長さは、体が糖の不足を補うために、脂肪とともに筋肉のタンパク質にも手を伸ばす境界線にあたります。

つまり、72時間の断食中の体は、
“脂肪を優先的に使いつつ、必要に応じて筋肉のタンパク質も少しずつ取り崩す”モード
へと確実に移行しているのです。

筋肉は本当に分解されたのか:フェニルアラニン放出の増加

では、72時間のファスティングで筋肉は本当に分解されたのか──その答えを最もはっきり示してくれるのが、体内の「フェニルアラニン」というアミノ酸の動きです。フェニルアラニンは、筋肉の中でほとんど“合成と分解のサイクル”だけに使われる特殊なアミノ酸で、外からの食事で補われることがないため、その増減は筋肉の状態を正確に映し出します。つまり、血液中にどれくらいフェニルアラニンが放出されているかを見ることで、筋肉がどれだけ“削られているか”を定量的に測れるのです。

研究では、このフェニルアラニンを追跡する「アミノ酸トレーサー法」が使われました。その結果、断食前と比べて フェニルアラニンの“純放出量(net release)”が約2倍に増加 しているのが確認されました。これは、筋肉から血液へ流れ出るアミノ酸が増えたということで、シンプルに言えば「筋肉の分解が確実に進んでいた」ことを示しています。

興味深いのは、筋肉の“分解”が急に激しく進むというより、“合成が弱まり、分解とのバランスが崩れる” という形で静かに進んでいく点です。研究でも、筋肉のタンパク質合成(Rdphe)はわずかに低下しており、それに対して分解(Raphe)は大きく変わらないまま。いわば、「守る力が弱まった状態で、いつものように分解だけが続いてしまっている」ようなイメージです。

つまり、72時間の断食中の筋肉は、ドカッと壊れるわけではありませんが、確実に“削られる方向へ傾く”状態に入っているのです。この変化は表面からは分かりにくいものの、体の内部では確実に進行している大切なサインだと言えます。

なぜ筋肉が分解に傾くのか:mTORがストップするから

筋肉が削られる流れに入ってしまう背景には、体内の「mTOR(エムトール)」という重要な分子の変化があります。mTORは、筋肉の成長や修復を司る“合成スイッチ”のような存在で、普段は食事から得た栄養やインスリンのサインを受け取って、筋肉の合成を積極的に進めています。しかし、72時間の断食が続くと、このmTORの働きが大きく低下してしまうことが研究で示されました。

実際、断食後の筋肉では mTORの活性が約40〜50%も低下 しており、その下流で起こるタンパク質合成のプロセスも一緒に弱まっていることが確認されています。具体的には、4EBP1、rpS6、ULK1といった“筋肉づくりの鍵”となる分子の働きが軒並み抑えられ、筋肉が新しく作られにくい環境が整ってしまいます。食事による栄養供給が途絶えたことで、体は限られたエネルギーを生命維持に回し、“成長関連の活動”を一時的にストップしている状態とも言えます。

さらに重要なのは、インスリンに対する反応まで弱まってしまう点です。本来ならインスリンが筋肉に「合成を始めなさい」と指示するのですが、断食後はこのサインを受け取る力が鈍くなり、いわば 「合成のアクセルを踏んでも反応が鈍い」状態 になります。この変化が、筋肉を守る力をさらに弱める原因となっています。

つまり、断食中の筋肉は
・分解がいつも通り進む
・合成のスイッチ(mTOR)がほぼ止まる
・インスリンの“守り”も弱くなる

という三重の不利な状況に置かれているのです。

こうした分子レベルの変化が積み重なることで、筋肉は“積極的に壊される”わけではなくても、作られないまま静かに消耗していくフェーズに入ってしまうのです。

オートファジーと筋分解:断食の二面性

ファスティングのメリットとしてよく語られるのが「オートファジー」。これは細胞の中にある古いタンパク質や壊れたパーツを分解し、リサイクルする仕組みで、細胞の若返りやメンテナンスに大きく関わっています。断食をすると、このオートファジーが活性化しやすくなるとされ、健康や長寿に良い影響をもたらす可能性が注目されています。

今回の研究でも、筋肉細胞の中でオートファジーの目印となる LC3B-II の増加が確認され、実際に「細胞の掃除モード」が動き始めていることが示されていました。これは断食の“光”の部分と言えるでしょう。しかしその一方で、オートファジーにはもう一つの側面があります。それは、筋肉のタンパク質までも分解の対象になり得るという点です。

断食中は、mTORの働きが止まることで「合成のスイッチ」がオフになるだけでなく、同時に ULK1 というタンパク質を通じてオートファジーがさらに進みやすい状態になります。つまり、エネルギー節約のために、体は“不必要と判断したタンパク質”を積極的に回収し始めるのです。これ自体は体にとって自然で大切な反応ですが、筋肉が完全に守られるわけではありません。

興味深いのは、オートファジーの指標である LC3B と p62 がそれぞれ少し違う動きを見せていたことです。LC3Bは増えているのに、通常は分解が進むと減るはずのp62が逆に少し増えていたのです。この結果は、「オートファジーそのものは動いているが、その流れが一部で滞っている」可能性を示唆しており、断食中の筋肉では複雑な変化が起きていることが分かります。

つまり、断食がもたらす “細胞レベルの良い変化(オートファジー)”“筋肉レベルの静かな消耗” は同時に進行しているということです。表面的には健康的に見えても、その裏側ではエネルギーを生み出すために筋肉の一部が手放されている。これが、断食の持つ“光と影”の典型的な構造なのです。

短期断食の筋肉影響は「軽いけど確実」

72時間という少し長めのファスティングでは、体の内部で思っている以上に多くの変化が起きていました。断食が始まると、体はまず血糖を節約するためにインスリンを下げ、脂肪を優先的に使う省エネモードへと入ります。この切り替え自体は健康的な側面もあり、オートファジーの活性化など“細胞レベルの良い作用”が出てくるのも確かです。

しかし同時に、筋肉にとっては厳しい環境が訪れます。インスリンの合成シグナルが弱まり、mTORも抑え込まれ、筋肉を新しく作る力が大幅に低下してしまうのです。さらに、筋肉からアミノ酸が少しずつ放出されることで、合成と分解のバランスが崩れ、筋肉は静かに目減りしていく方向に傾きます。これは決して劇的ではありませんが、72時間という時間の中で確実に進む変化です。

一方で、オートファジーは細胞のメンテナンスを助けてくれる重要な仕組みであり、断食のメリットでもあります。ただし、オートファジーが活性化している裏側で筋肉のタンパク質も一部分解に回されている点は、見逃してはいけません。健康的に思える断食でも、体内では“良い動き”と“避けられない代償”がセットになって進んでいるということです。

つまり、ファスティングは 「上手に使えばメリットがあるが、長時間続けると筋肉にとってはマイナスも確実に蓄積していく」 という、二面性を持ったアプローチなのです。目的がダイエットなのか、健康維持なのか、あるいは筋肉を増やしたいのか──その目的に応じて、断食の取り入れ方を工夫することがとても大切になります。

参考文献

Vendelbo, M. H., Møller, A. B., Treebak, J. T., Gormsen, L. C., Goodyear, L. J., Wojtaszewski, J. F. P., … & Jessen, N. (2014). Fasting increases human skeletal muscle net phenylalanine release and this is associated with decreased mTOR signaling. PLOS ONE, 9(7), e102031. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0102031